Lovers

 

既に来慣れてしまった、主に相応しく華美でありながらも上品に整えられた寝室への感嘆も足を踏み入ることを許された栄誉への感慨も思えばこの関係の始まりの日ですら有りはしなかった。

もう何年も前になるあの日以前から、今組み敷いている最愛の相手以外ロイドの意識に真実には上らない。

否、むしろ彼以外になにに心囚われる必要があるのかと問いたい。

知らず弛む口元へと、常ならば白絹に隠されたシュナイゼルの素肌を晒した手が伸べられた。

「たのしそうだな」

硬く細くだが皮膚は当然の如く柔らかな、陶器の滑らかさをもった今は欲に温もった優美な数本の指がロイドの唇を覆うようにして撫ぞっていく。それをそのままに、むしろその指を食むようにして言葉を紡ぐ。

「たのしいに決まってるでしょ」

答えがお気に召したのか、彼は後頭部をより一層シーツに押しつけて手と同じように惜しげもなく晒した首を微かに仰け反らせて小さく笑った。

スカーフを抜き取って胸元をゆるめ、手袋を剥いで普段人目に触れることのない雪をも欺く膚を暴いたのは数分前。

皇族然と素肌の露出を可能な限り控えた禁欲的に衣服を纏った姿も好きだが、こうしてそれらを乱している方が好きだ。それはそのようにしたのが自分だという理由でもあるし、その姿を見ることが出来るのが自分だけだという理由でもある。

別にシュナイゼルが自分とだけ寝台を共にしているなんて自惚れているわけではない。当然の事ながら幾人かの女性と肉体交渉を持っているのを知っているし、むしろ年頃の成人男性として女性と寝台を共にしないというのは、表向きはどうであれ影に回れば邪推の対象にしかならないのだから、程度をわきまえた女性との付き合いにどうこう口を出すつもりは毛頭ない。シュナイゼルも自分もそろそろ将来どころか近々婚姻をしなければならない年齢にさしかかっているわけだし。

(男は僕だけだろぉし)

舌を伸ばして、爪と皮膚との間をつついてやんわりと咬めば、シュナイゼルの手はするりと逃げていってしまったので素直に諦めて、変わりにくっきりと隆起した鎖骨に熱を孕んだ唇を押しつけて咬む。

ひくりと喉咽が引きつれ、次いでゆっくりと吐かれた息が髪をくすぐるのが心地いい。

それに同じ男として抱く側に回りたいという気持ちも分からなく無い。むしろ元々至って健全な嗜好の持ち主なのだからロイドに抱かれていることの方がイレギュラーなのだ。

はて、それではどうして彼は黙って自分に抱かれているのか。

立場及びに彼との体格差を考えてみるに、この状況が極めて異質だと言うことは確かなことである。しかし最初の時からそうなのだが、ごくごく自然にロイドが抱く側に回っていた。それはもう一切の破綻もなく。

ようは求める度合いの差なのだろうと言われるかも知れないがこれに関しては断固として否定させていただく。シュナイゼルとロイドがお互いを求める強さは限りになくイコールで結ばれており、その点に関して反論の余地がないのは確認済だ。

むしろよほどの愛情がなければシュナイゼルほど誇り高い人間がよりによって同姓に抱かれるなどという屈辱的でさえある行為に甘んじるはずがない。彼にはそれを覆すだけのあらゆる意味での力を備えているのだから。というか本当にこういう拷問があるからして、それだけ場合によっては最低最悪な行為であるのだ。

二人を結びつけているのは紛れもない愛情である。

では何故行為の役割がこうして別れたのかと言えば、多分きっと要は性質の違いなのだ。

ロイドは科学者の常として暴き立てて切り開いて式を導き出して実験してデータを取って己の望むように物事を進めて望む結果を手にしたい。一方シュナイゼルは基本的に安定した地盤で己の持つ駒を使い、起きた事象、攻撃等を逆手にとっていいように動かす策略家である。被害は最小限に抑え、最大の功績を得る。おまけに奉仕される事に慣れきっている。そこにロイドに対する愛情というスパイスが加味されて、彼は男に抱かれるといった屈辱感をねじ伏せた。これによって二人の関係は今の現状に落ち着いているのだ。

(やっぱり愛だよねぇ、愛)

何事にもお互いに対する愛情というものは欠かせないのだと認識を深めつつ、ロイドはシュナイゼルを囲うようにしてマットに着いていた腕を動かし、彼の胸元に手を滑らせ衣服をさらに肌蹴させていく。

受動的でもあり能動的でもある所の情人はそれに協力はしない。が、自身もまた相手を脱がせるべくその首をきっちりと締める衿を緩めるために止め具に手をかけて来た。

「こら、外せないだろう」

その手の邪魔をするつもりはないのだが、顕わにさせた薄く色付いた胸の尖りやなだらかな蛇のそれと似た妖しい白い腹へと吸い付きたいので、どうしても非協力的になってしまうのは遺憾ともしがたい。

「あ〜、ごめんねぇ」

ちっとも悪いと思ってないような謝罪しか繰り出せないが、仕方ないなと洩らされた吐息は笑いを孕んでなお蠱惑的で甘やか。そのまま脱がすのを諦めたシュナイゼルの手が、引き寄せるようにロイドの頭に添えられた。

彼の許容に咽喉を震わせて、臍の窪みやその周辺へと赤い痕を散らしていく。

こうして情痕を残すのを許されるのも自分だけだし、お互いに妻が出来た程度で変質するような薄い関係でもない。

主に心酔しきった忠実なる従僕らによってこの秘め事も完璧に守られて、終わりの見えない蜜月に彼らは至極平和な日々を過ごしていた。